PORTFOLIO

手紙

中学と高校の同級生K君から
「去年Hei Tanakaのライブの見た後に文章を書いたんだけど、なんか恥ずかしくて、どこにも出せなかった」
という、手紙をもらった。

彼とは、高校卒業してすぐに、二人でヒッチハイクで旅行した。
その時に、僕は音楽で、美術の道を志していた彼は作品で
「5年後お互い自信を持って見せれる様なものを作ろうぜ」
と、青臭い約束をした仲だった。

先日、会った時に「やっと1枚目のアルバムが出せたよ」と、伝えた。
彼は「今まで沢山のCDを作って来たのに、これが1枚目という気持ちがあるんだね」と言った。

純粋な言葉だった。
僕は、しばらく考えた。今までの自分が出会った物全てが僕だ。
それは、どの活動でもそうだったし、それがずっと続いていく。
でも、今回は欲張った。一緒にヒッチハイクしたことも。青臭い約束も。全部を詰め込みたかった。
だから、彼からもらった手紙は本当に嬉しかった。

許可をえて、ブログに載せさせてもらう事にした。
とっても個人的な事だけど。

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2018年  06月05日

久しぶりにセンター街を抜けスペイン坂をのぼる。
昔、シネマライズという映画館があった地下へと続く建物は、wwwというライブハウスになっていた。
その場所で、今日は楽しみにしていたライブがある。バンド名はHei Tanakaだ。
Hei Tanaka の田中とは、中学、高校の同級生で25年来の友人だ。
元々、同じく同級生の星野源とバンドを組んでいた田中だが、ベーシストということもあり、いつもステージの端で、なにやらモゾモゾと控えめにベースを弾いていた。
私の記憶の限り、彼をステージのセンターで見たことはない。
しかし今日はセンターだ!元々抜群にセンスがよく、どんな楽器も器用に弾く田中、バンドもオシャレなインストバンド(ヴォーカルのいないバンド)なのかと思っていた。
しかし違った、田中はステージの中央で叫んでいた。
田中が叫んでいるのを聞いたのはいつぶりだろうか。もしかしたら初めてかもしれない。
ステージ中央でベースを振り回し、スポットライトの熱を浴び、ビショビショの汗を撒き散らして乱舞する田中に、もう躊躇は無かった。
田中はマイクの真ん中をめがけて歌っていた。
しかし、私の知る田中はコトバを信じていいないはずだった。
田中は決して口数が多い方ではなかった。しかし今日、田中はコトバの一音一音を力強く、かつ慎重に選び、雄弁に叫んでいた。
そうだ、田中は人間というものを信じていた。人の怒りを信じていた。人の笑いを信じていた。人の涙を信じていた。そう、人は話す!人は伝え合う!だから、人は言葉なのだ!今日、田中は1つのコトバだった。私は田中のコトバを初めて聴いた。
心が揺れた。心が揺れる音がした、そんな気がした。
昔、ブルーハーツの甲本ヒロトさんが言っていた。コトバをはっきりと発音しよう、それだけは意識していた、と。
耳を裂くような甲高い高音と、腹をえぐるような重低音がこだまする中、田中の声は透き通るように私の耳を通過し、どこまでもクリアに私のに心を震わせた。

パンクロック、この感動に言葉をあたえるとしたら、きっとこの言葉なのだと感じた。田中の音楽から1番遠いと思っていた言葉だ、でも田中の内面には何年もの間パンクロックがずっとずっと消えずに静かに流れていたのだ!
きっと、その動かぬ事実が私を震わせたのだと思う。

まだ身体の熱が冷めていない、冷静に文章に出来ていないかもしれない。
でもこれだけは確かだ、今日は本当に田中のライブに来られて本当に良かった。

何度でも田中のライブを観に行こう。コトバと出会いに行こう。
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